ラオスで消息を絶ったアーカンソー州出身の米空軍兵、58年の歳月を経て遺骨を特定

ニュース要約
1968年のベトナム戦争期にラオスで戦闘中に行方不明となったアーカンソー州出身の米空軍兵の遺骨が、米国防総省の共同捜査によって正式に身元特定され、故郷へ帰還することになりました。
重要なポイント
- 1968年にラオスで消息を絶ったアーカンソー州出身の米空軍航空兵の身元が正式に特定。
- 米国防動員POW/MIA会計局(DPAA)とラオス政府当局による長年の共同発掘とDNA解析が結実。
- 58年の歳月を経て、遺骨が遺族に引き渡され、アーカンソー州で軍の栄誉礼をもって埋葬される予定。
歴史の精算:ラオスで1968年に行方不明となったアーカンソー州出身の米空軍兵、遺骨が確認され半世紀ぶりの帰郷へ
米国防総省の捕虜・行方不明者調査局(DPAA)およびアーカンソー州の地元報道によると、ベトナム戦争期間中の1968年にラオス国内で戦闘中に行方不明(MIA)となっていたアーカンソー州出身の米空軍兵士の遺骨が、科学的解析によって正式に身元特定されたことが発表されました。
58年間にわたる捜索活動の歩み
この兵士は、1968年の激しい戦闘作戦中にラオス北東部の山岳地域(極秘のレーダー基地「Lima Site 85」などがある地域近辺)で乗機が被弾・墜落し、その後消息不明とされていました。当時は激しいゲリラ戦が行われていたため、即座の捜索・回収が極めて困難な状態でした。
戦後、米国とラオス政府は共同で「MIA調査枠組み」を立ち上げ、山岳地帯や墜落現場と推定される地域において毎年数回にわたる共同フィールド活動(JFA)を展開してきました。近年、現地住民からの目撃証言や金属探知による詳細な発掘作業によって回収された極少量の骨片や遺留品が、ハワイのDPAA研究所へと送られ、最新のY染色体DNA検査やミトコンドリアDNA解析技術によって、ご遺族と完全一致することが今月確認されました。
遺族への引き渡しと軍の栄誉礼による追悼
身元の特定を受け、アーカンソー州に住む遺族に対して正式な軍の通知が行われました。遺骨は近く特別便にて本国へ搬送され、故郷のアーカンソー州において、米軍の儀仗兵らによる星条旗の折り畳み式や栄誉礼(21発の礼砲)を伴う公式な葬儀が執り行われる予定です。
DPAAの広報担当者は、「半世紀以上が経過しても、すべての行方不明者を取り戻すという国家の誓いは変わらない。調査に協力し続けてくれたラオス政府と地元の人々に対し、心から感謝の意を表する」とコメントしています。いまだ多くの人々が眠るラオスの深い山々において、尊い遺骨の特定がまた一つ結実しました。